【なぜ公園デビューが必要なの!?】
赤ちゃんが産まれました。+で、1人じゃなんなんで、=公園にでも出かけます。の方程式がそもそも理解できなかった。なんとか1人でこの子を守らなきゃ。この命をどうにかしなきゃいけない。初めての子ができた直後はそんな使命感だけで生きていた気がする。最初の頃は産後鬱ぎみで、保健所の人すら家に入れたくないほどの引き篭もり状態。とにかく人と関わりたくなかったのだ。部屋は荒れ放題だし、自分のことになんて構っていられないからお風呂にも入れず、頭はぷ〜んと臭うほど(?)まで限界値にきてる。こんな姿、誰にも見られたくない。なのになぜ公園!? 日向ぼっこ!? 日のあたる南側の部屋じゃダメ? そのうち、保健所からは毎日のように電話が鳴るように。「もうそろそろ伺ってもイイですか?」「なぜですか?」のやりとりの繰り返しにも飽きてきた。「本当に部屋が汚いんです。私もお風呂に入れてなくて汚いんです。こんな姿見られたくないんです。」ついに涙声で本音を言ってみた、すると…「お母さん、気にしなくてイイんですよ。最初はみんなそうなんです。お子様の体重を測って、体の調子を見るだけですぐに終わりますから、訪問させてもらえませんか?」根負けした。
なんとか保健所の訪問をクリアしたが、私の公園嫌いは続いた。散々保健所の人に区のふれあい館の話をされたが、一向に行く気にはなれなかった。行ったところで、何をしろと? もっと言えば公園に行ったところで、誰と喋れと? 「こんにちは〜。初めまして〜」ニッコリが苦手。ただでさえ育児疲れの中、他人に気を遣って触れ合うまでの気力・体力など残っていない。性格的なことに加えて、物理的な問題もある。こちらは40を過ぎての高齢出産&高齢育児。若いママとは心身共に訳が違う。幼稚園に通っている時、お迎えの後夕方5時・6時まで公園で遊ばせているの~なんてママ達の話を聞くたびに『なんてタフなんだ!!』と密かに尊敬すらしていた。
しかし気づいたのだ。若いママでも、私同様“公園嫌いなママ”がいることに。理由は私とほぼ変わらない。人付き合いが苦手で、初めましてからおつきあいに至るまで時間がかかるタイプのママだった。幼稚園でそういう存在のママが意外と多いことを知った時、『そうか、私だけじゃなかったんだ』『無理して公園、行かなくていイイんだ』私、おかしな間違ってる人じゃなかったのね、と。子供ができてから、ほんの少し自分の人格にホッとしたというか、疎外感から解放されたような気になった瞬間だった。そんなこんなで実は、幼稚園在園中も公園にはほとんど行かずに卒園したのだ。だから、最後の”お別れ公園会”にだけ参加した時、公園慣れしたママ達が、ビニールシート持参、お弁当&おやつ持参で公園に来ていたなんてつゆ知らず、手ぶらのまま車で乗りつけてしまい近くのスーパーで諸々仕入れるハメになったのであった。子供は子供で、ほとんど公園遊びなんてしていないから、最初はどう遊んで良いものやら、キョトンとしていたのがちょっと不憫だった。
結論を言うなら、【公園デビューが必要か?】と問われれば、私は必ずしも「必要」とは思わない。だって、幼児期に公園に行かずとも、息子達は健康に育ち幼稚園に行き卒園し、小学校へ入学して順調に通っている。今のところなんの支障もない。子供は子供同士友達を見つけ、母親は母親で気のあった者同士ママ友を見つけている。無理矢理公園やふれあい館で探さなくても自然と似た者同士が友となるのではないだろうか。むしろ公園というキーワードはママ友の世界では順位が低い様に思う。事実、私のママ友は皆子供達を公園で遊ばせることが多いが、私は公園嫌い。接点は? と言えば、酒好きだったり、価値観が似ていたり、幼稚園役員を一緒にやっていたりetc…幼稚園に入ってママ友ができるまで、どうしてあれほど公園デビューやら、ふれあい館という言葉を怖がっていたのだろうと不思議に思うほどだ。もし今、”公園デビュー”とか”ふれあい館訪問”の呪縛に囚われている方がいるなら、一旦忘れてみよう。幼稚園からのママ友づくりスロースタートで全く問題ないのだ。じゃぁ公園嫌いの引き篭もりだった私がどうやって幼稚園で真のママ友と出会えたのか、それはまた次のお話で。